こんにちは、ゼロです!🌺
今日は、私たちの山旅の本当の「原点」についてお話ししようと思います。 今では日本百名山も残り5座なんて言っていますが、始まりはかなり無謀で、ちょっと笑える出来事だったんです。
きっかけは「電車の中吊り広告」
2005年4月17日。 当時、私たちは埼玉県に住んでいました。通勤電車の中でよく見かけていたのが、東武鉄道の「外秩父七峰縦走ハイキング大会」のポスター。
「なんだか面白そう!」
そんな軽い、本当に軽い気持ちで、当時付き合っていた夫を誘って参加することにしました。 でも、これが大きな間違い……というか、バカ……というかとんでもない修行の始まりだったんです。
練習ゼロで「42km」の衝撃
この大会、実は小川町から寄居まで、外秩父の山々を7つも越えて歩く過酷なコース。代表的なピークはこの7つ。
- 官ノ倉山
- 笠山
- 堂平山
- 剣ヶ峰
- 大霧山
- 皇鈴山
- 登谷山
里山をつなぐように歩くコースで、
距離は約42km、制限時間は12時間。
それまで長距離を歩く練習なんて、いっさいしていませんでした。それなのに、いきなりフルマラソンと同じ距離を山道で歩こうなんて、若さゆえの無謀ですよね。今なら絶対に「やめときなさい」って自分に言います(笑)。
私の「逃げ癖」があらわになった瞬間
朝の6時にスタートして、ひたすら歩き続けました。 でも、途中で心がポッキリ折れそうになる場面があったんです。目の前に現れた、急な直登の坂道。
「え、これを登るの……?」
あまりのキツさに、私は姑息な手段を思いつきました。 その日はちょうど、競馬の大きなレース「皐月賞」の日。競馬好きの夫に、こう囁いたんです。
「ねえ、今日は皐月賞だよね?レース見たいでしょ?……帰る?」
さも「あなたの都合を優先してあげるわよ」という顔をして、自分の「リタイアしたい心」を隠そうとしたんです。 でも、夫は私より全然元気。私のずるい心は完全にバレていて、あっさり却下されました(笑)。
足裏の限界MAX
夕方の6時、あたりが暗くなり始める頃にようやくゴール。 でも、最後の方は舗装路がキツかったんです。足の裏が痛くて痛くて、普通に足裏を地面に置くことができなくて、足の外側のヘリだけで歩くような、変な格好でなんとか歩ききりました。
完歩のご褒美、緑のキャップ
この大会を完歩するともらえるのが、「緑のキャップ」。 ボロボロになりながら手に入れたその帽子は、私たちにとって初めての「達成感」の証でした。
後日、私たちはこの緑のキャップを被って、日本百名山の第一座目となる「両神山」に登ることになります。
あの日、電車の中吊り広告を見ていなかったら。 あの42kmの修行で投げ出していたら。 今の私たちの百名山完登への道はなかったかもしれません。

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